親の介護は突然やってくる|介護職15年の私が体験した本音

初めての介護

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「母の介護は、ある日突然始まりました。

“まだ大丈夫”と思っていた日常が、一瞬で変わったあの日。
介護職として15年働いてきた私でも、正直どうしていいか分かりませんでした。

これからどうしたらいいの…?

親の介護は本当に突然やってくる

母の介護は、ある日突然始まりました。

「まだ元気だし大丈夫」
「もう少し先の話」
「自分の親はいつまでも元気」

正直、どこかでそう思っている自分がいました。

でも、その日を境に、日常は一気に変わりました。

介護職として働いてきた中で、
“介護が突然始まる”という場面は何度も見てきました。

それでも、自分のことになると全く違いました。

頭では分かっていたはずなのに、
気持ちはまったく追いつかず、ただ戸惑うばかりでした。

母が倒れたあの日のこと

それは、本当に突然の出来事でした。

いつも通りの1日が始まり、私と母は仕事、娘は学校へ行きました。
「母の様子がおかしい」と兄から連絡が入ったとき、
頭が真っ白になりました。

病院で告げられたのは、脳梗塞。

検査や説明が次々と進んでいく中で、
理解しようとしても気持ちが追いつかず、
ただ「どうしよう」という言葉だけが頭の中をぐるぐるしていました。

病院で説明を受けながらも、どこか現実味がなくて、
「本当に介護が必要になるの?」という気持ちと、
「ちゃんとやっていけるのかな」という不安が一気に押し寄せてきたのを覚えています。

それまで普通にできていたことが、少しずつできなくなっていく。
介護の現場で目の当たりにしていることが、家で起こるのはもう少しだと思っていました。

その現実を目の前にして、
「これからどうなるんだろう」
「自分に何ができるんだろう」

そんな不安に押しつぶされそうな日もありました。

介護士として働いている職場では、
脳梗塞で様々な後遺症をお持ちの方ともたくさん関わってきました。

ですが、いざ自分の家族のことになると、
冷静に考えることもできず、
ただ戸惑うばかりでした。

あの日から、
母、私、娘の生活”は、少しずつ変わり始めました。

「うちの親はまだ大丈夫」と思っていた自分

今振り返ると、
私はどこかで「まだ大丈夫」と思っていました。

年齢的にも、体力的にも、
「すぐに介護が必要になるわけではないだろう」と、
心のどこかで線を引いていたように思います。

もちろん、仕事でたくさんの利用者さんを見てきた中で、
“親の介護は突然始まることがある”ということは理解していました。

それでも、
それが自分の家族に起こるとは、
どこか現実として捉えきれていなかったのです。

日々の生活の中で、
少し気になることがあっても、

「年齢のせいかな」
「疲れているだけかな」

まだ大丈夫だよね…

そんなふうに、深く考えないようにしていた部分もありました。

でも、実際にその時が来てしまうと、
「どうしてもっと早く気づかなかったんだろう」
「何かできたことがあったんじゃないか」

そんな後悔の気持ちも出てきました。

だからこそ、
もし今このブログを読んでいる方が、
「うちの親はまだ大丈夫」と感じているとしても、

その感覚はとても自然なものだと思います。

でも同時に、
“いつか突然来るかもしれない”という視点を、
ほんの少しだけ持っておくだけでも、
その後の負担は大きく変わると感じています。


私はこれまで、介護職として15年働いてきました。

デイサービス、訪問介護、小規模多機能、グループホーム、サ高住、住宅型有料…。
さまざまな現場で、多くの方の生活をサポートしてきました。

だから正直、どこかで思っていたんです。

私なら親が介護が必要になっても大丈夫って思ってたのに…

「自分なら大丈夫」
「ある程度は冷静に対応できるはず」

と。

でも、それは大きな勘違いでした。

実際に親の介護が始まると、
仕事でやっていた介護とはまったく違うものでした。

まず、感情の入り方が違います。

利用者さんに対しては、
相手が何を望んでいるのかを考えて関われていたのに、

親となると、
心配、不安、イライラ、罪悪感…。
いろいろな感情が一気に押し寄せてきます。

そして何より、“終わりが見えない”という感覚。

仕事であれば、勤務時間が終われば一度区切りがつきますが、
親の介護は24時間、生活の一部として続いていきます。

さらに、
「これで本当にいいのかな?」という迷いも常につきまといました。

介護の現場では看護、介護、リハビリなど、
それぞれ専門分野の意見を交換します。

自分の親の介護となると何が正解かわからない中、
その都度いろんな判断をしていくしかない。

それは、想像していた以上に大きな負担でした。

介護の知識や経験があっても、
“家族としての介護”はまったく別物。

「この先どうなっていくのかある程度予想がつく」
「現状維持はあっても、改善は難しい」
むしろ、知っているからこそ不安になることもありました。

それでも、毎日なんとか仕事と子育てと母のお世話をこなし、
実際にやってみて感じたのは、

「完璧は無理」という事でした。

できることを、できる範囲で。
頼れるものは頼りながら、少しずつ形を作っていく。

そうやっていくことで、
少しずつ自分なりの“続けられる介護”が見えてきた気がしています。

仕事としての介護と家族としての介護の違い

これまで私は、介護職として多くの方の生活に関わってきました。

介護の職場では色々な職種のサポートが入り、連携をとりながら、
それぞれができる最善のサポートをします。
もちろん、私も職場では利用者さんにより良い介護を提供できるよう頑張っています。

でもそれは、あくまで「仕事としての介護」でした。

仕事であれば、ある程度の距離感を保ちながら関わることができます。
感情をコントロールしながら、冷静に判断することもできます。

でも、相手が親となるとそうはいきません。

少しの変化でも心配になるし、
思うようにいかないとイライラしてしまったり、
そんな自分に対して罪悪感を感じて落ち込んだり。

家族として関わる介護は、まったく違うものだと感じています。

感情が大きく揺れ動く中で、
冷静に判断することの難しさを感じました。

また、仕事であれば“時間の区切り”がありますが、
家族の介護には終わりがありません。

常に気にかけ続ける状態が続くことで、
気づかないうちに心も体も疲れていきます。

同じ「介護」でも、
立場が変わるだけでここまで違うのかと、
実際に経験して初めて実感しました。

「大丈夫」と思っていた自分が崩れた瞬間

在宅介護が始まってしばらくは、
なんとかやれているつもりでした。

母は運動麻痺などはなく、
施設の利用者さんとして考えれば、それほど大変な介護ではありません。

「大丈夫、大丈夫」
そう自分に言い聞かせながら、日々をこなしていました。

でも、あるときふと気づいたんです。
全く余裕がなくなっている自分に。

帰宅すれば家事も子育てもあります。

ちょっとしたことでイライラしてしまったり、
思うようにいかないと落ち込んだり。

今までなら気にならなかったことに、
強く反応してしまうようになっていました。

なんで私ばっかり…

そう思いながらも、
気持ちをコントロールする余裕がなくなっていました。

そして同時に、
「ちゃんとやらなきゃ」と思うほど、
どんどん苦しくなっていく感覚もありました。

仕事みたいに優しく接したいのに、誰が悪いわけでもないのに・・・

そのとき初めて、
「家族の介護は思っていたよりもずっと大変なんだ」と気づきました。

“自分なら大丈夫”と思っていた気持ちが、
少しずつ崩れていった瞬間でした。

今の生活(在宅介護のリアル)

母の現在の状況

現在、母は要介護1で、
デイサービスを2カ所利用しながら、週3回通っています。

日常生活はある程度自分でできるものの、
ところどころにサポートが必要な状態です。

例えば、室内での歩行はひとりでできますが、
脳梗塞後ふとしたことでバランスを崩しやすいので、一人での外出はしません。

脳梗塞の後遺症として高次脳機能障害があります。
高次機能機能障害は運動麻痺などとは異なり、外見からは分かりにくいのですが、
母は特に注意障害や失行、遂行機能障害が目立ちます。

同時に複数のことができなかったり、洋服をきちんと着るのが難しかったり、
次にすることがわからなかったりします。

「一人でも大丈夫そうに見えるけど、完全に目は離せない」
そんな微妙なラインにいます。

もちろん、料理や掃除などの家事はできません。
電話をかけることも出ることもできません。
リモコンも使えません。
話をきちんと理解できない時もあります。
言いたいことがうまく言葉に出てこない時もあります。

他にも、漢字が書けない、図形を把握できない、視野欠損などもあり、見えないところで脳梗塞の影響をけっこう受けています。

介護と言えば、移乗やおむつ交換、
食事や入浴介助などを思い浮かべる方が多いかもしれません。

我が家の場合は要介護1ということもあり、まだまだできることも多いので、
そういった介護というよりも、家事援助と見守り、声掛けとサポートがメインですね。

高次脳機能障害は見えない障害とも言われています。

プリンをスプーンを使わず食べようとしたり、洋服をどう着ていいかわからず、
すごい格好になっている時もあります。

わかっているのにできないという本人のストレスも、一緒にいる家族のストレスも大きいです。


初めはそんな母を見て悲しかったり、
何でできないの?とイライラしたりしてしまいました。

気を抜けない日常

在宅介護が始まって感じたのは、
“常にどこかで気を張っている”という感覚でした。

今、大丈夫かな…?

仕事や買い物で外出していても、
「今大丈夫かな」
「転んでいないかな」

と、頭の片隅にずっと母のことがあります。

家にいても、
ちょっとした物音に反応したり、
夜中気になって様子を見に行ったり。

ママ、ずっとおばあちゃんのこと気にしてるね?

大きな介助があるわけではなくても、
この“見守り続ける疲れ”は、想像以上でした。

子育てと介護の両立

さらに、我が家には小学校高学年の子どもがいます。

思春期の入り口で難しい時期、中学受験も控えているということもあり、
本来であればしっかりサポートしてあげたい大切な時期。

でも現実は、
仕事と介護と家事に追われて、思うように時間が取れない。

私が仕事で娘が休みの時は、
おばあちゃんの昼食準備をお願いすることもありました。

「今はしょうがない、娘もこれぐらいなら手伝えるでしょ」

そんなふうに思ってしまうことも、正直ありました。

仕事に行く前に母の昼食を準備し、
帰ってからはまたご飯を作って、洗濯をして、子どもの習い事の送迎、
その合間に母の様子を気にかける。

特別なことをしているわけではないのに、
気づけば一日が終わっている。

”このままだと、きっとダメだ”そう感じながらも、
深く考えないようにして、
どうにかこうにか、1日1日をただ必死で回していました。

そんな毎日だから、大事な娘の気持ちにも気付けていなかったんです。

娘への影響

退院後、しばらくは介護認定の申請をしていませんでした。
入院中から母は一人で歩いてトイレに行くことができていました。

本当に介護保険サービスが必要なのかがわからなかったのと、
私が頑張ればどうにかなるんじゃないか?

そう思っていたからです。

私がこのままじゃいけないと思ったのは、娘がきっかけでした。

娘は、今までとは違うおばあちゃんにどう接していいのかわからないながらも、
私のいない時はお世話をしようと頑張ってくれていました。

ある日、私が仕事から帰ったら娘が私に抱きつき、わんわん泣くんです。
小さい子供みたいに・・・

「おばあちゃん、ご飯を用意しても食べてくれない」
「おばあちゃんのお世話、もうしんどい」

私は、反省と後悔と、申し訳なさでいっぱいになりました。

心が限界になっていたのは、
私ではなく、娘でした。

頼れるものは頼ることにした

このままではいけないと、急いで要介護認定の申請をするために市役所へ行き、
訪問調査の日程を決めました。

訪問調査まで少し日にちがかかり、結果が出るまではそこからさらに待つことになります。

まだかまだかと認定調査の結果を待っている間、
母は転倒によって急性硬膜下血腫を起こし、再び入院することになりました。
状況は思っていた以上に大きく変わっていきました。

もっと早く申請しておけばよかった・・・・

もっと早く、私が何らかの行動を起こしていれば・・・
母にも、娘にも申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

一刻も早くなんとかしなければ!結果が届くよりも先に
近くの地域包括支援センターへデイサービスの相談をしに行きました。

そこで私は介護サービスのありがたさをしみじみと感じることになります。

”見えない障害”の介護は思ったよりもしんどくて、
さらに転倒したことによる何らかの影響も出るかもしれない。

介護認定の結果がどうなるかはわからないけど、
とにかく毎日が大変なこと。
転倒の危険があり、
私が仕事の間は一人になるということ。

デイサービスやリハビリなどの介護サービスを受けたいと話すと、
急いでデイサービスを探してくださいました。

そこからはいろんなことが進みだし、私自身も何か肩の荷が降りるような感覚でした。
「全部自分でやらなくてもいい」そう思えるようになりました。

もう、全部ひとりでやらなくていいんだ…

家族以外の人が母の介護に関わり始めたことで、私は希望の光が見えてきた気分でした。

少しずつ「できる形」が見えてきた

首を長くして待っていた介護認定の結果は要支援1。

こんなにも家族が困っているのに・・と悔しい思いでしたが、
認定調査の後転倒して入退院したこともあり、
すぐに見直しを申請しました。

退院した母はリハビリに特化したデイサービスに通い出し、
家でごろごろばかりしている母を見ていなくて済む。
これが一番気持ちが楽になったところかもしれません。

少しでも回復するように、せめて現状維持できるようにと、
私が家で母にリハビリを押し付けることもなくなりました。

そして、現在の要介護1となり、
介護保険を利用して週3回デイサービスに通っています。
リバビリメインのデイが2回と、お出かけなど楽しむことがメインのデイ1回です。

デイサービスに通う日は昼食の準備をしなくて済みます。
転倒していないか心配で仕事に集中できないということもありません。
これだけでもかなり家族の負担が少なくなりましたが、
まだまだしんどい事がありました。

塩分や血糖値を気にした食事管理です。

食事についてはまたの機会でお話ししたいと思いますが、
育ち盛りの娘と更年期で体重が増えやすい私、
そして塩分を控えながらバランスのいい母の食事。

これらを考えて作るのはとても苦になりました。
娘は習い事もあるので食べる時間もバラバラです。

介護の仕事で疲れて帰り、献立を考え、買い物に行って料理を作る。
主婦の方ならどれだけ辛いかわかっていただけると思いますが、
ここに色々な制限があるともうキャパオーバーでした。

介護保険サービスを利用するようになり、
私自身も”自分がしなくてはいけない”という考えに固執しなくなりました。
今は便利な宅配食などがたくさんあります。
利用した宅配食もまた別記事でご紹介したいと思います。

実際に使ってみると私の負担が軽くなるだけでなく、
母も色々なメニューが楽しめて”新しい生活”が始まったような感じがしました。

そんな生活の中で少しずつ、
「どうすれば無理なく続けられるか」が見えてくるようになりました。

全部を自分でやろうとしないこと。
頼れるものは頼ること。

そうやって少しずつ、
“自分なりの在宅介護の形”を作っているところです。

在宅介護が始まったばかりの頃は、
毎日が手探りで、余裕なんてまったくありませんでした。

「ちゃんとやらなきゃ」
「介護士なんだから私がやらなきゃ」

そんな気持ちばかりが強くて、
気づかないうちに、自分で自分を追い込んでいたように思います。

「在宅介護は頑張ると続かない」と気づいた

介護は、短期間で終わるものではありません。

だからこそ、
最初から頑張りすぎてしまうと、
どこかで無理がきてしまいます。

完璧にやろうとしなくていい。
できない日があってもいい。

そう思えるようになってから、
少し気持ちが楽になりました。

「今日はちょっと手を抜こう」
「今日は頼れるものに頼ろう」

そんなふうに考えられるようになったことで、
少しずつですが、
“続けられる介護の形”が見えてきた気がしています。

このブログでは、
私自身が実際に使ってよかったものや、
「これは助かった」と感じたサービスなども、
体験をもとにお伝えしていきます。

これから親の介護が始まる方へ

もし今、
「そろそろ親のことが心配」
「いつか介護が始まるかもしれない」

そんなふうに感じている方がいたら、
まず伝えたいのは、

突然でも、大丈夫ということです。

突然でも、大丈夫

親の介護は、経験したことがない人にとっては、
分からないことだらけです。

何から始めればいいのか、
どこに相談すればいいのか、
どうやって支えていけばいいのか。

私自身も、
介護の仕事をしていたにもかかわらず、
いざ自分の親となると戸惑うことばかりでした。

だから、最初からうまくできなくて当たり前。
迷いながらでいいと思います。

私も最初は本当に何も分からなかったんです。介護職15年・・・なのに。

ひとつずつで大丈夫

一度に全部を考えなくても大丈夫です。

その時その時で必要なことを、
ひとつずつ選んでいけばいい。

  • 介護保険サービスを利用する
  • 介護保険外のサービスもある
  • 見守りアイテムや見守りサービスを使う
  • 食事も完璧でなくていい。宅配食もおすすめ!

そんな小さな選択の積み重ねで、
少しずつ生活は整っていきます。

このブログで伝えていきたいこと

このブログでは、

  • 親の介護のリアルな体験
  • 実際に使ってよかったサービスやアイテム
  • 少しでもラクになる工夫

を、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。

「こんな方法もあるんだ」
「これならできそう」

そう思ってもらえるような情報を、
介護士としてというよりも、
皆さんと同じ立場の一人として届けていきたいと思っています。


一人で抱え込まなくて大丈夫です。

介護は大変なことも多いですが、
少しの工夫や選択で、
負担を軽くすることもできます。

このブログが、
そのきっかけのひとつになればうれしいです。

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